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2015年5月 4日 (月)

オットー王のオダマキ 
Aquilegia ottonis

アクイレギア・オットニス(Aquilegia ottonis:キンポウゲ科オダマキ属)が咲いています。


Aottonis4


Aottonis5


Aottonis6


アクイレギア・オットニスは地中海の東南部沿岸、ギリシャからアルバニア、マケドニアまで、間をあけてイタリア中・南部の山岳地帯の湿った日陰の石灰岩地に分布しています。

ギリシャ・ペロポネスのケルモス山(Mt.Chelmos:海抜2341m)に分布するものが基本種といわれています。
地域による差はありますが、背丈は15〜50cmで、萼片(花びら)は青紫で2cmどまり、距を構成する花弁は薄い青紫で、長さ1.5cmほどあります。
距はカーブし、その先は鈎状で、雄しべは花弁から飛び出しています。
茎と葉に分泌毛があります。

種小名オットニスはギリシャ王として1832年から1862年まで在位したオットー王に因みます。
アクイレギア・オットニスの亜種のアマリアエ(Aquilegia ottonis ssp amaliae)が絡むオットー王については・・・・・

1453年東ローマ帝国がオスマン帝国に滅ぼされてから400年、1821年の独立戦争によりギリシャはオスマン帝国から独立しました。君主国が妥当というヨーロッパ列強の一方的な思惑から、東ローマ帝国と血縁のあるバイエルン王国から18歳の王子オットー・フォン・ヴィッテルスバッハ(ギリシャ名オソン1世)を招いて国王としました。
彼は1837年にドイツを訪問し、ドイツ・ザクセン地方の王、オルデンブルク大公パウル・フリードリヒ・アウグストの娘アマーリエ(ギリシア名アマリア)と結婚しました。
結婚式はアマリアの生地のオルデンブルクで開かれ、ギリシャでは開かれなかったそうです。王妃アマリアは政治に干渉したので、国民の支持は失われて行きました。王はカトリック、王妃はプロテスタントで、ギリシャ正教会に改宗しなかったことも国民の支持を得られなかった大きな要因でした。
1862年に2回目のギリシャ陸軍によるクーデターによって国王は退位し、夫妻はバイエルンへ亡命しました。
アマーリエはアテネに多くの庭園を造園したそうです。宮殿に付属する広大な庭園(アテネ国立庭園)を造らせ、世界中から集めた500種もの植物を植えたと伝えられています。

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